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記憶の引き出し
今日会社の女性社員との雑談で、外食先のことを話した。
彼氏と外食する際、いつもどこに行くかという話しでグダグダになるという。
考えてみると、自分も「どこいこうかな~」と、なりがちなのだが、
その女性社員と話すと、あまりにも知らないようなので、
自分の知っている限りの店と、自分がおいしいと思ったメニューを、
思い出しながら一つ一つ話した。
すると、自分もいつもグダグダなくせに、これが結構出てくるのだ。
以前よく行ったところや、この店のこれだけはうまい、なんて話が、
次から次へと。
一緒に働いている仲間に、教えてあげたいと思うと、
薄れかかった記憶の引き出しがどんどん開いてきた。

彼女のおかげで開いた記憶の引き出し。
せっかくだから、今度辿ってみよう。
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[2008/05/31 23:10] | グルメ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
誕生日
今日は愛娘の誕生日。
今日で12歳になる。
月並みだが、年月の経つのは早いもの。
生まれたての彼女を自分の両手に抱いたあの日から、
もう12年が経過したのだ。
言うまでもなく、あの両手にも余りそうだった小さな彼女は、
この12年という年月の間に、劇的に成長した。
自分も彼女と同じ12年を過ごしたのだが、
彼女の成長に比べると、その度合いが見えにくい。
しかし、確実にあのころより成長している、そんな実感はある。
自分自身の成長を、少しずつでも感じていたい。
いつも、いつになっても。
そして彼女にもそうあってほしいと思っている。

愛娘といろいろ話した。
水泳の検定に合格したことや、秋の運動会のこと、
中学進学について、友達の話。
尽きない彼女の話を聞きながら、
自分は彼女の成長を実感し、楽しんだ。

彼女の誕生日に毎年想う。
生まれてきてくれて、ありがとう。

[2008/05/30 22:43] | 家族 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
対談②
スポーツ界において偉大なリーダーの一人として、
日本サッカー協会会長の川淵三郎氏があげられる。
80年代後半に「Jリーグ百年構想」を旗印にサッカーをプロ化するときの話。

何かを改革するときはどこの世界にも「抵抗勢力」が出てくる。
ある会議で噴出した、
「時期尚早だ」
「前例がない」
という反対意見に対して、川淵氏は言葉を放った。
「時期尚早と言う人間は、100年経っても時期尚早と言う。
前例がないと言う人間は、200年経っても前例がないと言うだろう。」
このときの名演説が周囲の人間を突き動かし、
Jリーグ誕生までの動きが加速した。
あのリーダーシップがなければ、日本サッカー会はここまでのものになっていない。

二宮清純氏が考えるリーダーの条件。
【「パッション」(情熱)と「ミッション」(使命)と「アクション」(行動力)である】
[2008/05/29 17:33] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
対談①
スポーツジャーナリストの二宮清純氏と元近鉄バッファローズ投手の佐野慈紀氏の対談
リーダーについて語っている。

個性は人それぞれ違う。
たとえば登山でも登頂ルートは一つではない。
だから自らの成功体験を人に押し付けてはいけない。
このことを、よく理解し、実践してきたのが仰木監督だ。(故・仰木彬氏:近鉄やオリックスで監督)
野茂のトルネード投法や、イチローの振り子打法の生みの親と評されることがあるが、
その言い方は少し間違っている。
仰木氏がトルネードや振り子を教えたわけじゃない。
彼らのスタイルを「認めた」からこそ才能が伸びていったのだ。
仰木氏のすごさは「相手のことを認める」ことだった。

佐野慈紀氏が考えるリーダーの条件。
【「相手を認める」「相手に認められる」その2つである】
[2008/05/28 17:00] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
わんぱく相撲練習会
今日はわんぱく相撲の練習会があった。
自分の担当した小学校にはT理事、N川さん、M田君がいた。
1時間半ほど、こどもたちと練習したり、胸を貸したりした。
少々落ち着きのないこどもたちであったが(笑)

練習が済んでから、少し職員室でお茶をごちそうになり、
先生方と話した。
そこで感じたのはM田君の素晴らしさ。
落ち着きのなかったことも含めて、
勝敗ではない、大切なことを、
しっかりと先生方に伝え、
大会前の数日間、指導していただきたい旨をお願いしていた。
さすがは昨年のわんぱく担当委員長。
わんぱく相撲にしっかりともっている想いと、
委員長としてやるべきことをやってきた成長がそこにはあった。

やる気にさせられた!
[2008/05/27 10:47] | JC | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
時間の使い方
スケジュールが目白押しだ。
同じ日にいくつものことがバッティングすることもしばしば。
これを調整して、進んでいくことが最近はあたり前になってきた。
JCに入った当初、人から入ってよかったことをたずねられると、
決まって「時間の使い方がうまくなった」と言っていた。
今はそのときの状況と比較にならないくらい忙しいが、
決して嫌ではない。
あの入会した年より、時間の使い方は確実にグレードアップしたと思う。
時には混乱もするが、一つ一つこなしていくことに充実感をおぼえる。
仕事も、JCも、プライベートも、
挑んでいることに充実感があれば、
自分が生きている実感がある。
[2008/05/26 10:34] | JC | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
第36回富山ブロック会員大会
今日は富山ブロックの会員大会だった。
フォーラムでは、環境をテーマにしたセミナーとパネルディスカッションの開催。
第2部として交流会がおこなわれた。
セミナーで心に残ったのは、ハチドリの話。
森が燃えているとき、他の動物が逃げていく中、
口に入れた一滴の水を運び火の上に落とす。
「そんなことをして何になるんだ」と笑う他の動物たちに、
ハチドリは答える。
「私は私にできることをしているだけ」
会員大会ともなれば、大きなことを提言したくなるものであろうが、
富山ブロック環境活動実践会議は、ハチドリのお話の通り、
今すぐに実行できるアクションプランを打ち出してくれた。
一番大切なことは何かを、議論に議論を重ねて会員全員に訴えてくれたのだ。
本当に素晴らしいフォーラムだった。

そして、会員交流会。
会員ネットワーク委員会によっておこなわれたこの交流会は、
どうしたら、富山ブロックの会員同士が心ふれあう交流ができるかを、
一番に考えて設えられており、出席していた会員全員に、
そのことが伝わったと感じた。
最初の段階で固さをほぐすためのゲーム。
ひとりでも多くの人とふれあうための「本気の焼き豚」など、
思わず笑みがこぼれる設えに、幸せな気持ちになった。
交流会中の「食べ物を残さないように」との再三にわたる訴えも、
「フォーラムとの一体感を」という本気さを感じた。

本当に意義のある会員大会・交流会を企画し、支えてくださった、
T内、T永、K田、O山、A井の射水のメンバーには、
また顔を見るときに、あらためてお礼を言いたいと思う。
ありがとう(感謝)
[2008/05/25 18:04] | JC | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ファシリテーター
今日は夕方から射水にて地区の委員会があった。
H場理事から委員会時に勉強会をおこなっていると聞き、
オブザーバーで参加させていただいた。
テーマはファシリテーター。
会議を円滑に効率よくしきるためのスキルを学んだ。
H場理事が副委員長として出向している「故郷の誇り創造委員会」は、
7月12日(土)に地区フォーラムのメインフォーラム前に、
各LOMの理事長を対象として故郷の誇りのアンケート結果の検証、ビジョンの発表と、
それに伴うディスカッションを開催する。
各LOMの理事長を相手に一つの方向を示し、共有しなければならないとあって、
当然、ファシリテーターとしてのスキルが必要なわけだ。
自分も参加させていただき、学んだことが多かった。
ただ、実践に移すとなると簡単ではない。
経験を重ねながら、自分のものにしていくよう邁進したいと思う。
[2008/05/24 17:50] | JC | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
アレもコレも
今日は委員会。
活発な議論となった。
みんなからの指摘によると、自分は「アレもコレも」やりたがりすぎらしい。
よって焦点がボケてしまうのだと。
確かに、本音はアレもコレも書きたいし、やりたい。
そんなエゴがみんなに伝わることを妨げてしまっているのだ。
みんなに説明しながら修正しているうちに、非常にシンプルでわかりやすいものになった。
実施内容にしてもそうだ。
実施内容はできる限り詳しく書かなければならないが、
どうしたいのかポイントをしぼることが重要。
この委員会で、またみんなから大切なことを教わった。

みんな遅くまでの議論、おつかれさまでした。
ありがとう(感謝)
[2008/05/23 17:40] | JC | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
フレッシュな営業マン
会社で一緒に仕事をしている営業マンのO本君は、
「たぶん」という言葉が大嫌いだ。
少しばかり決め決めのところがある。
たとえば顧客に概算価格を聞かれ、仕入先に急ぎで価格を問い合わせたとき、
仕入先が「単価は2200円~2300円」と答えようものなら、
「2200円なの?2300円なの?どっち?」と必ず聞く(笑)
顧客が「納期は20日頃で頼むね」というと、
「頃って何ですか?21日でもいいんですか?」という(笑)
相手からしてみると「ちょっとうざい」と思われがちな彼だが、
まだ営業という仕事に就いて1年強。
そんな「間違いのない」彼に魅力を感じるお客さんもいるだろう。
がんばれO本!
[2008/05/22 15:33] | 仕事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
燃えてきた
委員会事業もさることながら、
我が委員会は10月例会の準備にも入らなくてはならない。
今日、理事会の場でI岡副理事長と、
「考え付いたことに片っ端から動こう」
と、話し合った。
日程的に委員会事業の準備と併用して動いていかなければならない。
委員会メンバーにはまたご苦労をかけるが、
なんとかみんなで協力して、創り上げたいと思う。

今日の理事会で次々に審議可決される他の委員長をみて、
さらに燃えてきた!
[2008/05/21 15:13] | JC | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
議案大詰め!
今日は委員会事業の議案書大詰め!
I谷理事に晩飯を誘っていただいたが、
今日だけはご一緒できなかった。(誠にすみませんでした)
お断りした自分にI谷理事は「わかった!がんばれー!」と激励を(涙)

基本的な方向はすでに自分の中では決まっている。
O谷監事にアドバイスをしていただいた通り、
理事長所信、副理事長運営方針、そして自分の基本方針を、
とにかく30回ずつ読んで、一つの方向がみえたのだ。
何度も読んだはずの各所信だったが、
初心にもどり、今まであった雑念をぬぐって読み入ると、
今まで見えてなかったことに出会えた、そんな感覚があった。

委員会メンバーのみんな、そして色んなアドバイスをくれた方々、
今度こそ大丈夫!
[2008/05/20 14:59] | JC | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
人気者
我社に昨年建った新工場はO田先輩に設計していただいた。
完成記念のバーベキューにもきてくださったので、
我社の若い社員にも顔なじみだ。
最近は野球部にも参加いただいている。
そのO田先輩はすでに我社の若手社員の間でも人気者だ(笑)
O田先輩をよく知る人は「うんうん」と納得されると思う。

自分がその場にいない時の話で、いきさつについては不明だが、
我社の若手は「O田総理」と命名し、よんでいる(笑)

どこにいても人気者のO田先輩は本当に素晴らしい。
[2008/05/19 10:22] | JC | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
当たり前のこと
今日、アカデミー特別委員会研修事業事業「目標設定の力」
3回シリーズの第3回目が行われた。
その中で、「幸せのサイクル」「不幸のサイクル」ということがでてきた。
本来は、人間のもつべき、ごく当たり前のことなのだが、
人はしばしばそんな簡単なことを見失いがちになるものだと思った。
事業後の懇親会の冒頭、理事長から、
「基本の上に成り立つ応用」というお話があった。
その言葉通り、シンプルで誰もがわかっていることを、
まず実践できていなければ、その次がない。
そんな当たり前のことの大切さを学んだ事業となった。

余談ではあるが、
懇親会での新入会員のT内には、
少々びっくりだった(笑)
彼女はあなどれない(汗)
[2008/05/18 10:32] | JC | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
難関
委員会事業の件。
どうしていいのか、少し行き詰っている。
この委員会事業については、位置づけがどうなのかということは、
委員会正副(橋場理事にも参加いただいた)にて、すでに明確になっている。
問題はその目的を達成する手法なわけだが、
2度3度と取り下げになったせいか、
どんなふうに考えても、イマイチ自信がもてない。
自分の腹が決まらなければ、委員会の開催もできない。

ン~、
自分にとっては、ここ一番の難関だ。

腹に力を入れて、踏ん張らなければ!
[2008/05/17 10:04] | JC | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
なつかしい
携帯電話がわれわれ一般市民の必須アイテムになってから、
もう10数年が経つ。
20年ほど前、特別な人が持っている状況からあっという間だった。
仕事もプライベートも、携帯電話の登場で、すごく便利になった。

こんなことを思い出した。
東京に住んでいた若い頃、
もちろん携帯電話など持っていない時代のこと、
付き合っていた彼女の家に遊びに行っていたとき、
彼女が彼女の父親と喧嘩をした。
理由は忘れたが、少しばかり激しい喧嘩で、
彼女は家を飛び出していった。
自分は、その後必ず自分の住んでいた最寄の駅に彼女がくると思った。
自分は、駅にいって彼女を待った。
案の定、彼女は駅に来たわけだが、
自分が待っていた駅の柱の反対側にいたようで、
わずか5mしか離れていないところで、
お互いに、お互いを3時間待っていた。
何かの拍子でそこにいるのを発見し、2人で大笑いした。

こんなことは今のカップルでは考えられない出来事だろう。
そんな出来事を、少しなつかしく思った。

おっさんになったかな(笑)
[2008/05/16 20:30] | 友人 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
今日はお気楽記事でいきます
豊橋の自分の主要ともいうべき得意先に表敬訪問。
工場の稼働率が薄いこともあり、
他社に流れそうな物件も「たんたんふって」GETした。
状況によっては、なにふりかまっていられない。

ともすると、また物件の話が聞こえてきた。
すると自分は、すぐさまその場へ駆けつけ、
「それ、俺にちょ~だい!」と思いっきり言った。
すると、うちの会社には全然関係のない話で、
はずかしい~おもいをしてしまった。

ほんと、だいぶ「エチゴサン」

I倉理事、使い方あってる?
[2008/05/15 17:12] | 仕事 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
またしても
東京へは電車で行っている。
今日は帰ってから、今日中にやっておかなければならない見積もりが2つ3つあったので、
できるだけ早めに会社にもどらなくてはと思い、18時57分高岡着の電車に乗って帰ってきた。
ところが・・・
眠ってしまい、乗り越して金沢へ(汗)
これで3度目だ(汗汗汗)
鈍行でもどり、結局会社に着いたのは9時くらいになってしまった。
出張時は前の晩に接待になることが多いので、
帰りの電車はいつも眠い。
自分もO監事のように、有意義に読書をしようと思っていたのに・・・
イカンイカン(苦笑)
見積もりが終了したのが11時ちょい前だった。
明日は豊橋だ。
I谷副会長のところへ、祭りにいきたかったなぁ(苦笑)
[2008/05/14 23:20] | 仕事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
営業20年
今日は東京へ出張。
夜は某AL手摺メーカーの方々と居酒屋へ。
若手が多く、活発な会社だ。
はじめのうち、自分は所長連中と話しながらしっぽりと飲んでいた。
若手は若手で盛り上がっていた。
しばらくすると、みんな入り乱れての仕事談義となった。
この会社はゼネコン直販部と代理店販売部にわかれており、
自分は主に直販部との付き合いが多いが、
代理店販売の方は、どうも若手の育成に問題があることに気がついた。
会議でも、訪問を何回したか?とか、商品説明を何分したか?とか、
自分に言わせてもらえば、どうでもいい話が中心のようだ。
「客先へ行っても、何を話していいのかわからないから5分で帰ってくる」
という子までいた。
これはいけない。
生意気とは思ったが、思うことを言わせてもらった。
代理店販売の若手は身を乗り出して聞いてくれるので、
自分の弁にも熱が入る。
話しながら、自分が営業という仕事をして20年、あっという間だったが、
数々の経験から、多くを学ばせていただいたのだということにも改めて気付いた。
最後にみんなから、「一杉さん、また一緒にのんでください。」
と、うれしい一言もいただき、上機嫌にさせてもらった(笑)


[2008/05/13 22:41] | 仕事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
みんなの気持ち
今日、I岡副理事長と電話で少し話した。
もちろん委員会事業の件。
I岡委員長は今日も、
「いっちゃん、しばらく頭の中リフレッシュしられ」と言ってくれた。
あの委員長連絡会議当日、
自分は相当ドン底な顔をしていたのだろうな、と改めて思った。
予定者だった去年は、ある程度心配ないと思ってくれていたのではないかと思うと、
思わぬところで心配をかけてしまっていることに、
申し訳なく思った。
チーム「I」のI谷副会長からも、大丈夫?と声をかけていただき、
H場理事からも、でることはできなかったが週末に電話をもらった。
H場理事は気になってS井専務にも電話をしてくれていたらしい。
K田君は、E尻副委員長のところにも電話で状況を確かめるために、
電話をしてくれていたようだ。

自分は一人ではない。
このみんなの気持ちに応えなければ!
[2008/05/12 03:03] | JC | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
母の日
先日、メンバーのN村君から母の日に花を贈っては?とすすめられ、
カーネーションの鉢を贈ることにした。
お花屋さんのN村君は商売上手だ(笑)
それはさておき、彼がすすめてくれたおかげで、
ものすご~く久しぶりに母の日に贈り物をすることができたことは、
本当によかったと思う。
もちろん母はものすごく喜んでくれた。
最近を振り返り、JCで「OMOIYARI」などといっておきながら、
母に対して思いやる心が希薄になっていたことを恥ずかしく思う。
これからはもっと大事にしてやらなくては。

N村君、ありがとう。
[2008/05/11 02:55] | 家族 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
いろいろあった1日
今日は我社野球部の第2戦目がおこなわれた。
相手は前回とは別の取引先。
強いと聞いていたので、ある程度の覚悟はしていたが、
結果は予想をはるかに超える大惨敗だった。
スコアは・・・・・ご容赦を(苦笑)
我が野球部には先日、試合にきていただいたO田先輩とともに、
歴代ブロ長のM井先輩も所属していただいている。
M井先輩は、まだ不慣れな我社の守備をバックに、
それでも嫌な顔一つせず、ピッチャーとして3回を投げてくださった。

終わったあと、射水JCの野球部顔合わせがあったので、
歴代である我社の社長とM井先輩に同席をしていただいた。
盛り上がった顔合わせとなった。
射水JCとの練習試合には、社長も、M井先輩も、
おもいっきり投げていただこう(嬉)

その席で、I勢理事長に、先般の議案のことで話をきいていただいた。
理事長は理事長として期待するところの真意と、
人対人として、自分が委員長として会議にのぞむ姿勢について、
自分に足りない部分を、ご指摘くださった。
自分の中では、少し道がみえてきたような気がした。

ここまできたら、I岡副理事長もいってくれたように、
一度「まっさら」にして考えてみようと思う。
[2008/05/10 02:35] | JC | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
子供の心の自然破壊
あるカウンセラーの本で、少し考えさせられた一説を読んだ。

「子供の心の自然破壊」
子供は両親の言いつけを守り、勉強したり、行儀よくしていると誉められる。
ところが自分が好きな泥あそびなどをしていると汚いからやめなさいと言われる。
泥あそびでなくても、たとえば皆が普通にしていることでも、
その親の枠から少しでも外れているようなことは禁止され、
それを犯したときは、冷たい拒否の経験をさせられる。
外からみると一見なかなか立派な親子に見え、
親もそう確信している。
しかし、子供からすると何かが足りないと感じたり、
何かが変だと思うが、子供なのでその何かが言葉で言えない。
この場合親は子供を窮地においこんでいるなどと思わずに、
子供のために努力していると思い込んでいる。
すなわち、子供のためと思ってやっている開発事業が、
子供の中の自然破壊につながっている場合がある。
こんなとき、子供は言葉によらない、いろんなサインを送りはじめる。
そのサインを見逃さないのが非常に大切である。
[2008/05/09 01:42] | 家族 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
申し訳ない
委員長連絡会議。
委員会事業の議案を、またしても取り下げという結果にしてしまった。
さすがに委員会のみんなに合わせる顔がない。
悔しいやら、情けないやらで眠れなかった。
I岡委員長には「しばらく頭からっぽにしられ」と言ってもらったが、
そうしようと思ってもできるものではなかった。
朝方、だんだん冷静になってくると、
もしかすると、根本的に出発点が違うのではないかとも思い始めた。
「いまさら何を言ってんだ」と叱られるかもしれないが、
理事長にもう一度、我が委員会には何を期待しておられるのか、
聞いてみようと思った。

委員会メンバーのみんなには、本当に申し訳なく思っていますm(_ _)m
[2008/05/08 01:24] | JC | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
5月度例会
5月度例会。
H田委員長率いる青少年育成委員会の皆んなが素晴らしい例会をしてくれた。
テーマは「親学」
講師の高橋先生のセミナーは、2007年のサマコンで受けたことがあった。
改めて、親として、また子供に背中をみせていかなくてはならない大人として、
自分自身を律することを忘れてはならないと感じた。

公開例会であったため、例会前、駐車場整備をしていたが、
それはもう駐めきれないほどの車。
同期委員長としてH田委員長の苦労を目の当たりにしてきただけに、
めちゃくちゃうれしかった。

H田委員長をはじめ、青少年育成委員会メンバーのがんばりが、
手に取るようにわかった。

我が委員会も、この流れを断ち切らぬよう、がんばっていこう!
[2008/05/07 00:39] | JC | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
負けから学ぶ
東北楽天ゴールデンイーグルス野村克也監督が語る。
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」

負けていてもおかしくなかったのに勝った「不思議の勝ち試合」がある。
そして、負けの理由がわからない「不思議の負け試合」はない、ということ。
たまたまの流れや、たまたまの相手のミスで勝ったというのは、
自分に明確な勝因がない。いわゆる「不思議の勝ち」だ。
しかし、負けには必ず明確な敗因がある。
だからこそ、対策がうてる。
なんでも同じだ。
負けからこそ多くを学ばなければならない。
[2008/05/06 00:24] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
こどもの日
こどもの日。
体調が悪いが、娘との約束を果たさなければと河口湖にでむいた。
マイナスイオンを浴びて、心も体も浄化されたような気がした。
娘は間近で富士山を観るのがはじめてで、
周りを気にせず感激の声をあげていた(笑)
特別なことではないのかもしれないが、
美しいものを観て、素直に感動できる人に育ってくれていることがうれしかった。
その娘の感激の声に演出されて、
自分の目にも、富士山が以前観たそれとは全然ちがった表情に思えた。
また違った季節に、違った顔の富士山に会いに来ようと、娘と新たな約束をした。

200805041635.jpg

[2008/05/05 00:12] | 家族 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
中小企業魂
千葉県花見川区にある坂戸工作所。
建築物の解体時に、重機の先端につけて鉄筋コンクリートなどを破砕する、
油圧解体機のトップ企業だ。
同社の製品である「パクラ」という油圧解体機は、
国内の解体現場で鉄筋コンクリートを粉砕する作業のことを「パクラ」というほど、
著名な存在だ。
1989年に東西ドイツが統一し、べルリンの壁が崩壊したとき、
短期間で効率よく解体作業が進むようにと選ばれたのが、この「パクラ」。

この坂戸工作所の企業精神は、
「銭を追うな!仕事を追え!」である。
従業員は30人。

こういう会社をみると、中小企業魂に火がつく。
[2008/05/04 23:36] | 仕事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ふと思い出した
昔、何かのドラマで言っていた。

人生は小さな箱をあけるようなものだ。
あけると、またその中には箱が入っている。
それをあけるとまた箱が。
それをあけるとまた箱が。
もしかすると、そのずっと中には何も入ってないのかもしれない。
そう思って、箱をあけるのをやめてしまったものは、
もう2度と、箱の中に何があるのか、知ることはない。
[2008/05/03 23:30] | JC | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
保育の神
埼玉県深谷市に「保育の神様」とよばれる斉藤公子さんという方がいる。
「リズムあそび」という独自の保育法で健常者のみならず、
多くの障害をかかえる子供たちを自立へ導いておられる。

10年ほど前、重度の障害をかかえるオランダの子が斉藤さんのもとに訪れた。
名前はトスカ。1歳にも満たない女の子だ。
チューブで鼻から栄養を補給し、食事をとることはおろか、
目もほとんど見えない状態だった。
斉藤さんが確立した「リズムあそび」は「金魚運動」「両生類ハイハイ運動」など、
床に寝そべって、音楽の変化に合わせて体を動かすことで、
障害をかかえる子供までもを心身ともに元気にしてきた。
しかし、トスカの場合はそれができない。
斉藤さんはまず、目が見える状態にしたいと考え、
向き合うようにして抱きかかえ、「トスカ、トスカ」とやさしく呼びかけながら、
自然にクルクル回ってしまうトスカの目と視線が合うまで気長に揺さぶった。
やがて目が合い、にっこりと微笑むようになった。
2ヶ月ほどするとおっぱいを飲むようにまでなった。
しかし、トスカの母親は第2子を妊娠中で、トスカをつれて帰国。
聞くと、両親とも忙しく、トスカを部屋に寝かせっぱなしの状態だという。
このままではトスカの可能性は閉ざされてしまうと思った斉藤さんは、
自費で3度オランダへ。
一日中、トスカのそばで歌を歌って聞かせたり、
寝返りや、金魚運動をさせた。
第2子が生まれて10ヶ月になった頃、トスカの一家は再び来日。
トスカが2歳と10ヶ月になるまで、斉藤さんのもとで生活をした。
斉藤さんはトスカ一家に自宅を提供し、自分はトタン屋根の一軒家を借りた。
肉体的な疲労も重なり、すでに70歳半ばだった斉藤さんはいつ倒れてもおかしくない状態だったが、
「トスカのことは最後の務め」という一念で乗り越えた。
オランダに帰る前、ある優秀な小児科医の協力で、
トスカに口から食物をとることを教え、鼻のチューブを抜き取り、
元気な女の子に成長している。トスカは現在11歳。
重度の障害児であったことを考えると、医学の常識では考えられない、
劇的な回復をみせているという。
感激したトスカの両親は、現在斉藤さんの療育法を取り入れた施設をオランダに開設し、
同じような病気を抱える家族のための相談や支援にあたっている。

斉藤さんの情熱と献身的な愛につよく胸をうたれた。
そしてその斉藤さんの想いが、遠く海の向こうへ波及し、
愛のこだまとなって響き渡っていることに感動をおぼえずにはいられない。
[2008/05/02 21:49] | 偉人 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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